人間の認識

radical-do2006-09-08

懲りもせず、溜まった仕事に手をつけるでもなく、
またまた考えてしまう。人間に認識について。。。

例えば、現在明らかにされている科学や物理などの法則は、それを発見した人間が認識したからこそ、存在するというか証明されている。オイラは(多分みんなも)、これまで何の疑問も抱くことなく、それを教えられ、それが当たり前だと思ってきた。では、科学者や物理学者がそれを発見・証明する以前の世界はどうだったか。普通は、彼らが、その法則を発見する以前から、その法則が元になる現象は存在していたと考えるだろう。

ニュートンは木からリンゴが落ちるのを見て重力・引力を発見した。重力・引力はニュートンがリンゴが落ちるのを見る以前から存在していたと考えるのが普通で、ニュートン以前には重力・引力が存在していなかったと考える方がおかしい。
だとすれば、重力・引力を発見できる人間という知的生命体が誕生するず〜っと以前から、重力・引力も存在していたのだろうが、そこには重力・引力の法則もなく、人間もいないので、誰の頭の中にも重力・引力という存在はなかったということになる。

そもそも存在の証明とは何か?
それが存在するものとしての認識するにたる材料を発見することだろう。しかし、どう考えてもオイラは、ニュートン以前に重力・引力の存在を証明できる材料を考えることはできない。なぜならニュートン以降に重力・引力の存在を証明できる材料が発見されたから。
そう考えれば、ニュートン以前に重力・引力という存在はなかったということになりはしないか!なんせ重力・引力の存在が証明できないんだから。つまり、重力・引力というのは人間の頭の中でしか存在しないということになる。。。

これは宇宙や我々の生きている世界の証明にも当てはまることだ。
オイラは普通に宇宙の果てや宇宙の始まり、世界の存在について、どうなっているのだろうって考えることはできるが、認識することはできない。例えば、ブラックホールなんて、地球ぐらいの質量を持った存在が1センチ四方くらいに凝縮され、時間も空間もねじ曲がったものなんて言われても、およそ現実にそれを認識できることはできない。つまりこれはもう人間の思考の限界かもしれない。
地上を這うアリにとっては、広い平面の世界があるだけで、それ以上の空間を認識することはできない(アリに知性があるとしたなら)。人間も同じで我々の生きている3次元の認識はできるが、宇宙にはもしかしたら違う空間があるかもしれず(4次元、5次元。。。)、数式上で証明できても決して認識することはできないのだ。やはり思考の限界なのかなあ〜

よく宇宙人の存在について、これだけ広い宇宙なんだから人間同様、知的生命体は存在すると考えられている。そして、困った連中は、それが円盤に乗って地球に来ているとまで言う。でも、そいつらが言うエイリアンの姿形は、やっぱり地球上に存在する形、生物のそれから、つまり人間の思考から抜けることはできていない。つまりは認識できないということ。
だからオイラには人間が認識できないかぎり宇宙には宇宙人なんてもんは存在しないと考えることにしている。。。

あ〜、頭痛くなってきたよん。
そろそろ仕事しよっと。


つれづれなるままに、日くらし、PCにむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

さて、写真はどこでしょう?

















↑ユッコが重力・引力の法則で潰れたところです。